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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)11324号 判決

甲事件原告

佐藤保予

磯辺義

松永道治

甲及び乙事件原告

大松住安

江口譲治

甲事件原告

高橋穎

今城靖和

富山孝成

平野隆正

甲及び乙事件原告

西原正晃

甲事件原告

木下順隆

金子康夫

小田島洋子

難波俊夫

上杉勝美

間野和彦

安藤宏

沼田和彦

甲及び乙事件原告

大沼信介

甲事件原告

海老澤駿也

乙事件原告

十朱乾

井熊長三

和田獅郎

佐藤雄司

佐藤佶

渡部藤彦

坂口進

原田勝

山県孝行

土井孝

石原桂五

今井重夫

佐藤達郎

甲及び乙事件原告ら訴訟代理人弁護士

富永義政

右訴訟復代理人弁護士

高梨考江

甲事件原告ら訴訟代理人弁護士

清水正英

太田耕造

菊池祥明

田島恒子

乙事件原告ら訴訟代理人弁護士

荒井俊通

斎藤芳則

甲及び乙事件被告

岡地株式会社

右代表者代表取締役

岡地中道

右訴訟代理人弁護士

山岸憲司

小林宏也

長谷川武弘

篠原煜夫

甲及び乙事件被告

東京穀物商品取引所

右代表者理事長

石田朗

右訴訟代理人弁護士

増岡由弘

高氏佶

青田容

主文

一  甲事件原告ら及び乙事件原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、甲事件原告ら及び乙事件原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 被告らは各自、原告佐藤保予に対し金一億八三五二万円、同磯辺義に対し金一億四一六〇万一〇〇〇円、同松永道治に対し金二八〇〇万円、同大松住安に対し金九九〇万円、同江口譲治に対し金二〇〇万円、同高橋穎に対し金一億五六二六万八〇〇〇円、同今城靖和に対し金一六一七万四〇〇〇円、同富山孝成に対し金一億九八四六万円、同平野隆正に対し金一六〇万円、同西原正晃に対し金一〇〇〇万円、同木下順隆に対し金二〇〇〇万円、同金子康夫に対し金八四〇万円、同小田島洋子に対し金三四六〇万円、同難波俊夫に対し金二一五万六〇〇〇円、同上杉勝美に対し金二九六〇万円、同間野和彦に対し金二二五〇万円、同安藤宏に対し金二六〇万七五〇〇円、同沼田和彦に対し金四六三〇万円、同大沼信介に対し金五四〇万円、同海老澤駿也に対し金九六五三万円及びこれらに対する昭和五七年九月一七日から支払済みに至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 被告らは各自、原告西原正晃に対し金三一八二万円、同十朱乾に対し金八九三九万九七〇〇円、同井熊長三に対し金六六二〇万二九〇〇円、同和田獅郎に対し金一億二八〇〇万七五〇〇円、同佐藤雄司に対し金一億二一七三万九〇〇〇円、同佐藤佶に対し金五一三二万円、同渡部藤彦に対し金七〇八七万六一〇〇円、同江口譲治に対し金九五一三万九〇〇〇円、同坂口進に対し金一億五六〇五万円、同原田勝に対し金九六二一万五〇〇〇円、同山県孝行に対し金七〇四二万八六〇〇円、同土井孝に対し金一億二九九四万円、同石原桂五に対し金一億六〇二五万円、同今井重夫に対し金七〇〇六万円、同大松住安に対し金五一三〇万二七〇〇円、同大沼信介に対し金六四一万七一〇〇円、同佐藤達郎に対し金四八二七万三九〇〇円及びこれらに対する昭和五七年七月一八日から支払済みに至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張(以下、原告名を引用するときは、単に氏のみを表記する。)

(甲事件)

一  請求原因

1 (商品取引委託契約)

(一) 被告岡地株式会社(以下「被告岡地」という。)は商品取引員として商品先物取引の取次業を営むものであり、被告東京穀物商品取引所(以下「被告取引所」という。)は小豆の先物取引市場を開設しているものである。

(二) 原告らは、甲事件損害一覧表の「取引開始日」欄記載の日に、それぞれ被告岡地との間で、小豆の先物取引を被告岡地に委託する旨約して、その取引口座を開設し、以後、小豆の先物取引を行ってきた。

2 (被告岡地の受託拒否と被告取引所の措置)

(一) 原告ら(原告今城及び同間野を除く。)は、いずれも被告岡地の外務員である小泉一雄(以下「小泉」という。)を担当として本件先物取引を行っていたが、その建玉注文の方法は、原告難波及び同安藤を除き、各人の建玉注文を原告西原及び乙事件原告今井(以下「原告今井」という。)の両名がとりまとめ、主として原告西原が小泉を通じて注文するという方法をとっていた。

(二) 昭和五七年七月一〇日、原告西原、同金子、同小田島、同上杉、同沼田、同大沼及び同海老澤の七名は防戦買いのため、原告西原が右七名分を取りまとめて、同月一二日の前場一節から買建注文をすることを決めていたところ、被告岡地は、同月一〇日午後に、同月一二日の前場一節から期近四限月(七月限から一〇月限)についての新規売買を停止する旨を店内に掲示(以下「本件掲示」という。)するとともに、同月一二日前場一節開始前に、小泉を通じて、原告西原に対し、期近四限月のみならず期先二限月を含めた七月限から一二月限までの一切の小豆取引の買建注文は受託しない旨の電話連絡をした。

(三) 被告岡地が右のように本件掲示及び受託を拒絶したことは、直ちに他の取引員に伝播し、その結果、市場に売注文が殺到したため、同月一二日前場一節から相場は暴落してストップ安となり、この状態は翌一三日も続いたため、被告取引所は、同月一四日以降の市場における立会いをすべて停止した。その後、被告取引所は、同月一六日、期近四限月について、七月限を三万〇八〇〇円、八月限を三万一〇〇〇円、九月限を三万一一二〇円、一〇月限を三万〇三八〇円として、強制解合(以下「本件強制解合」という。)を実施するとともに、期先二限月については後場一節から市場を再開したが、再開後は右二限月ともにストップ安となった。

(四) 右期近四限月についての強制解合及び期先二限月の市場再開後のストップ安の結果、被告岡地における原告らの建玉はすべて整理された。

3 (被告岡地の違法行為)

(一) 債務不履行

被告岡地は、商品取引員として特段の事情がないかぎり、既に個別的に委託を受けている委託者から追加建玉の注文を受けたときは、これを受託して委託者のために市場において取引をなすべき義務があるというべきである。この受託義務は、取引の反復継続されることが予定されている商品先物取引の性質上当然のことであって、受託者が継続的な取引関係にある委託者に対して負担する義務である。

小泉による原告西原への前記電話連絡は、被告岡地が小泉を通じて前記原告西原ら七名に対して同原告らの注文しようとしていた一切の建玉注文の受託を拒絶する意思表示であると同時に、小泉を通じて被告岡地に小豆の買建玉を委託していたその余の原告ら(原告今城、同間野を除く。)に対しても予めその建玉注文の受託を拒絶する意思表示でもあって、被告岡地の右行為はこれらの者に対する右受託義務の不履行であり、被告岡地は、これにより被った右原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 不法行為

被告岡地は、相場を暴落させて売り方の利益を図り、有力な買い方であった原告らに損害を与えようと企図して、前記2(二)記載のとおり建玉注文の受託を拒絶する措置をとり、また、本件掲示により受託拒絶の事実をあえて公示してこれを業界に伝播させたものであって、被告岡地の右行為は原告ら全員に対する不法行為であり、被告岡地は、これにより原告らが被った後記損害を賠償すべき責任がある。

4 (被告取引所の違法行為)

(一) 強制解合の値段の設定は、売り方、買い方のいずれか一方に偏することなく公平、合理的に行われるべきであるところ、被告取引所は、売り方に有利な委員構成の価格決定委員会が過去の強制解合における例と比べ著しく低廉に定めた値段を、そのまま解合値段として決定したもので、このような不当な解合値段の設定は、買い方委託者の保護を全く考慮しておらず、公平、合理的な判断に基づくものではないというべきであって、違法である。

(二) また、被告取引所は、二日間にわたる連日のストップ安に引き続き立会いが停止され、かつ、期近四限月について極端な廉価で本件強制解合が実施されたことからすれば、期先二限月について市場を再開すればストップ安になることを確実に予想することができ、その結果、買い方側に不利益をもたらすことを知りながら、敢えて期先二限月につき市場再開の措置をとったもので、違法である。

(三) このように、被告取引所は、原告ら買い方委託者の保護を無視して、売り方取引員の意向のみを考慮し、買い方の利益を侵害することを知りながら極めて廉価な解合値段を決定し、また、市場の再開を決定したものであって、右行為はいずれも原告らに対する不法行為を構成するものであり、被告取引所は、これにより原告らが被った後記損害を賠償すべき責任がある。

5 (損害)

(一) 原告らは、本件先物取引に伴い、昭和五七年七月一〇日現在、甲事件損害一覧表の「委託証拠金」欄、「倉荷証券」欄、「株券」欄記載の委託証拠金及び代用証券を、それぞれ被告岡地に対し預託していた。

(二) 被告岡地の右債務不履行ないし不法行為及び被告取引所の右不法行為により、前記のとおり原告らの建玉はすべて整理され、右預託していた委託証拠金等は全部その差損金に充当されることとなり、原告らは、それぞれ甲事件損害一覧表の「損害額」欄記載のとおり右委託証拠金等相当額の損害を被った。

6 よって、原告らは、被告岡地に対しては債務不履行(原告今城、同間野を除く。)又は不法行為に基づく損害賠償として、被告取引所に対しては不法行為に基づく損害賠償として、請求の趣旨記載のとおり、それぞれ各損害賠償金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年九月一七日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

(被告岡地の認否)

1  請求原因1の(一)の事実は認める。同(二)のうち、原告ら主張の日に原告ら名義の各取引口座が開設され、同口座において小豆の先物取引が行われたことは認める。

2  同2の(一)のうち、小泉が原告ら(原告今城及び同間野を除く。)の担当外務員であったこと、主に原告西原が小泉を通じて建玉の注文をしていたことは認める。

同(二)のうち、被告岡地が原告ら主張のとおり新規売買を停止する旨の本件掲示をしたこと、小泉が、原告西原に対し買建注文を受託しない旨の電話連絡をしたことは認めるが、その余は知らない。

同(三)のうち、原告ら主張のような経緯で売注文が殺到したことは否認するが、その余の事実は認める。

同(四)の事実は認める。

3  同3の(一)、(二)は否認ないし争う。小泉による連絡当時、原告らからは未だ具体的、個別的な建玉の注文はなかったのであり、被告岡地は、原告らの具体的、個別的な注文の取次を拒絶したものではない。

4  同5の(一)のうち、原告ら主張の委託証拠金(ただし、原告磯辺、同高橋、同富山、同金子、同難波、同安藤、同沼田を除く。)倉荷証券及び株券が原告ら名義の各取引口座に預託されていたことは認めるが、倉荷証券及び株券の評価額並びに右ただし書記載の原告らの委託証拠金の額は争う。同(二)のうち、原告らの建玉が整理され、預託していた委託証拠金等が差損金に充当されたことは認めるが、その余は争う。

(被告取引所の認否)

1  請求原因1の(一)の事実は認めるが、同(二)は知らない。

2  同2の(一)、(二)及び(四)は、いずれも知らない。

同(三)のうち、原告ら主張のような経緯で売注文が殺到したことは否認するが、その余の事実は認める。

3  同4の(一)ないし(三)は否認ないし争う。

4  同5(一)は知らない。同(二)は争う。

三 被告らの主張

(被告岡地の主張)

1  (違法性の不存在)

被告岡地が行った受託停止及び本件掲示は、以下のとおり、必要やむをえない正当な理由に基づく措置であって違法性がなく、債務不履行ないし不法行為に当たらない。

(一) 原告ら(原告難波、同今城、同間野、同安藤を除く。)は、週刊誌、新聞等マスコミにおいて元広域暴力団「東声会」あるいは東亜相互企業株式会社(以下「東和相互企業」という。)の関係者のグループ、いわゆる六本木筋と称される仕手集団であり、昭和五七年五月頃から、桑名筋と称される仕手筋として著名な板崎喜納人(以下「板崎」という。)と連合し、小豆相場を操縦して利益を図る目的のもとに小豆取引を行い、巨額の資金を投入しておびただしい数々の口座名義を駆使しながら大量の買建玉注文を出し、小豆相場の仕手戦を展開した。その結果、小豆相場の総取組四万枚のうち、一万六〇〇〇枚を六本木筋と桑名筋が買い占めるようになった。

(二) 右小豆相場の仕手戦については、週刊誌等のマスコミによる非難を受け、さらに、昭和五七年六月二二日には国会の農林水産委員会にも取り上げられ、農林水産省からは被告取引所に対し過熱防止の具体策を求めての強い行政指導が行われ、被告取引所では、新規建玉の自粛あるいは既存建玉の減少を目的として、再三にわたる臨時増証拠金の増徴、建玉制限の強化の措置をとり、これらの規制措置については、市場管理委員会で決定した都度直ちに各取引員に通達があり、自粛要請の趣旨を徹底するように求められ、そのことは被告岡地においても小泉ら外務員に周知徹底され、小泉から原告西原にも伝えられた。

(三) しかし、原告らは、再三にわたる自粛要請を無視し、昭和五七年五月以降、原告佐藤の知人、友人であるとして次々に開設された原告江口、同平野、同富山、同高橋、同松永、同木下、同海老澤の口座及びその他の原告ら名義の口座において、大量の買建玉を続け、昭和五七年七月七日には、被告岡地において、合計五七〇枚(小田島洋名義で一六五枚、斎藤一成名義で一九〇枚、原告沼田名義で二一五枚)もの大量の買建玉を行ったが、右大量建玉については、被告取引所から被告岡地に対し厳重な警告がなされるとともに建玉禁止の指示があり、さらに、国会において、これ以上買建玉をする場合には、農林水産大臣が被告岡地の営業許可の更新をしないという処分をする危険性も指摘されるに至った。

(四) 原告ら各名義人(原告今城、同間野、同難波、同安藤を除く。)による取引は、形式的には各人別の取引口座で、損益も各人に帰属するものとして扱われたが、原告佐藤は、被告岡地に対し、追証拠金の請求、納付に関しては、原告佐藤の口座に証拠金の余裕があれば他の名義人の口座についてもプール計算で見るよう依頼していたことなどからすると、右原告ら名義の口座はすべて実質的には同一人の口座、すなわち原告佐藤あるいは東亜相互企業の口座であり、すべての建玉は、原告佐藤あるいは東亜相互企業に一本化して管理され、一つの意思によって動かされていたものであって、取引の実質的な委託者は原告佐藤あるいは東亜相互企業であったというべきである。

(五) 昭和五七年当時の小豆の建玉制限については、委託投機玉の新規建玉限度(既存建玉合算)は、当限二〇枚、二番限五〇枚、三番限一〇〇枚、四番限二〇〇枚、五番限三〇〇枚、六番限三〇〇枚で合計八〇〇枚とされていたが、これを原告佐藤らの被告岡地における同年七月一〇日時点での建玉枚数でみてみると、主な名義だけでも合計三〇〇〇枚を優に超えており、実質的な建玉制限違反であることは明らかである。また、原告佐藤らは被告岡地の他にも株式会社西田三郎商店(以下「西田三郎商店」という。)、山大商事株式会社(以下「山大商事」という。)明治物産株式会社(以下「明治物産」という。)、川村商事株式会社(以下「川村商事」という。)等数多くの取引員を利用して東亜相互企業の支配下にある多数の名義を用いて何千枚もの建玉をしていたものであり、これは建玉制限違反を犯して相場操縦をしようと意図した分散建玉であって、その違法性は重大かつ明白である。

(六) 右のような状況のもとで、被告岡地としては、農林水産省及び被告取引所の指導に従い、商品取引員としての公的責務を果たすために、昭和五七年七月一二日から期近四限月について売り買い双方の新規建玉の受託停止の措置をとることとし、その旨外務員に徹底させるために本件掲示をし、また、原告難波、同今城、同間野、同安藤を除く小泉が担当する六本木筋の口座については、前記事情から期先二限月を含めて新規の売買の受託を停止したものであって、右措置はいずれも正当な理由に基づくものであり、なんら債務不履行又は不法行為を構成するものではない。

2  (因果関係の不存在)

昭和五七年七月一二日、一三日の小豆相場の暴落原因は、北海道の作付面積が二七パーセント増となり、恵まれた天候により、収穫量において大幅な増産が見込まれたこと、七月初旬高温寡雨の状態が続いていたところ、同月一二日早朝、主産地である帯広地方に霧雨が降り豊作ムードが高まったこと、中国の小豆輸出、価格の値下がり情報が入ったこと、不況による極端な消費不振も底にあったこと、無理な買い支え、現受けにより資金調達に苦慮していた前記桑名筋が資金ショートをきたしたとの噂が広まったこと、などによるものであって、本件掲示及び受託停止の措置と何ら因果関係はない。

(被告取引所の主張)

1  (解合価格の正当性)

被告取引所の業務規程によると「止むを得ない事情の変化により取引所における売買取引の決済を行うことができないときは、取引所は総会の決議を経て売買建玉の一部又は全部の解け合いを行わせることができる」(同規程第六二条第二項)と定めており、また、受託契約準則によると、委託を受けた売買取引について、右解け合いが行われた場合には、当該委託者はこれに対し異義を申し立てることができない旨定められていることからすれば、解合値段を決定する権限は取引所の総会のみが有し、委託者は総会の決定に従わなければならず、委託者である原告らは、総会の決定を争うことができないというべきである。

なお、本件における解合値段は、取引員協会の正副会長、取引所の常設委員会、特別委員会の委員長及び雑穀輸入協議会の代表の合計八名の委員で構成された委員会における検討を経たうえで、七月一二日、一三日と続いた下げ相場がさらに大幅に下げ進む方向にあったこと、逆ざや傾向にあったこと等を総合的に判断して決定されたもので、売り方、買い方のいずれか一方の利益を図るために決定されたものではなく、正当な価格である。

2(市場再開の正当性)

被告取引所の業務規程によると「取引所は必要があると認めるときは売買立会いの全部又は一部を臨時に停止することができる」(同規程第四条第一項)と定め、受託契約準則によると、右規程により売買取引につき特別の規制がされた場合は、当該委託者はこれに対し異義を申し立てることができない旨定められている。これによれば、立会いの臨時停止の必要性の判断は取引所のみが有しており、被告取引所は、臨時立会停止期間及び再開の決定について裁量権を有するものであるから、原告らは、本件市場の再開を不当として争うことはできないというべきである。

なお、被告取引所が、本件において一一月限、一二月限について七月一六日から立会いを再開したのは、建玉の取組状況を勘案し、また期先二限月は新穀限月であり、取引所の目的とする商品価格形成機能、ヘッジ機能を維持すべき公益的必要性を認めたからである。立会い再開後一時ストップ安がついたからといって、それは予測できるものではなく、また、その後落ち着いた相場展開となっていることからみると、被告取引所の期先二限月の立会い再開の決定は、取引所の目的とする機能を達成しつつ、価格形成においても適正な市場を維持するための適切な措置であったというべきである。

四 被告らの主張に対する原告らの認否

1(一)  被告岡地の主張1の冒頭部分は争う。

(二)  同(一)は否認する。

(三)  同(二)のうち、昭和五七年六月二二日農林水産委員会において質疑応答があったこと、被告取引所が再三にわたり臨時増証拠金の増徴を決定し、また、新規委託者の建玉制限強化の決定をしたことは認めるが、小泉が一連の規制措置について原告西原に伝えたことは否認し、その余は知らない。

(四)  同(三)のうち、昭和五七年五月以降、被告岡地主張のような取引口座が開設されたこと、同年七月七日に被告岡地主張のような買建玉があったことは認めるが、その余は争う。

(五)  同(四)のうち、原告佐藤が証拠金のプール計算を依頼したことは認めるが、その余は否認する。原告らが、証拠金のプール計算による取引を委託したのは、原告らが勧誘しあってグループ買いにより取引をしたためであるからにすぎない。

(六)  同(五)のうち、昭和五七年当時の建玉制限が被告岡地主張のような枚数であったことは認めるが、その余は否認する。

(七)  同(六)は争う。

2  被告岡地の主張2は争う。

3  被告取引所の主張1のうち、業務規程及び受託契約準則の内容は認めるが、その余は争う。

4  同2のうち、業務規程及び受託契約準則の内容は認めるが、その余は争う。

(乙事件)

一  請求原因

1(商品取引委託契約の存在)

(一) 原告西原は西田三郎商店との間で、原告十朱、同井態及び同和田は明治物産との間で、同佐藤雄司、同佐藤佶、同渡部、同坂口、同原田、同山県、同土井、同石原、同今井、同江口及び同大沼は山大商事との間で、同大松は山大商事及び山梨商事株式会社との間で、同佐藤達郎はカネツ商事株式会社との間で、それぞれ原告らを委託者、右各会社を受託者として、被告取引所において小豆の先物取引を行っていた。

(二) 原告らは、右先物取引に伴い、昭和五七年七月一〇日現在、右各会社に対し、乙事件損害一覧表の「委託証拠金」欄、「倉荷証券」欄記載の委託証拠金、倉荷証券を預託しており、同日立会取引終了時点で値洗いをした結果、原告らの預託証拠金又は証拠金代用証券の残高は、少なくとも右一覧表の「委託証拠金残額」欄記載のとおりである。

2(相場の暴落)

小豆先物取引相場は、昭和五七年七月一二日、一三日の両日にわたって暴落して連日ストップ安となり、被告取引所は、同月一四日前場一節以降の市場における立会取引をすべて停止し、同月一六日、期近四限月について本件強制解合を実施するとともに、後場一節から期先二限月について市場を再開したが、再開後は右二限月ともにストップ安となった。

3(被告岡地の不法行為)

右のように、小豆の相場が暴落したのは、被告岡地が、甲事件の請求原因2(二)記載のとおり、昭和五七年七月一二日、本件掲示をするとともに、原告西原らの買建注文の受託を拒絶したことが、他の取引員に伝播し、売り注文が殺到したことによるものであるところ、被告岡地の本件掲示及び受託拒絶は、被告岡地が売り方を利するため人為的に相場を暴落させようとして行ったもので、原告らに対する不法行為を構成し、被告岡地は、これにより原告らが被った後記損害を賠償すべき責任がある。

4(被告取引所の不法行為)

また、被告取引所の本件強制解合における極めて廉価な解合価格の設定及び市場再開の措置は、甲事件の請求原因4記載のとおり、いずれも違法であり、原告らに対する不法行為を構成し、被告取引所は、これにより原告らが被った後記損害を賠償すべき責任がある。

5(損害)

被告岡地及び被告取引所の右不法行為により、原告らの前記1記載の各会社における建玉がすべて整理され、預託していた前記委託証拠金等は全部その差損金に充当されることとなり、原告らは、それぞれ乙事件損害額一覧表の「委託証拠金残額」欄記載の委託証拠金等相当額の損害を被った。

6 よって、原告らは、被告岡地及び被告取引所に対して、不法行為に基づく損害賠償として、請求の趣旨記載のとおり、それぞれ各損害賠償金及びこれに対する不法行為の後である昭和五七年七月一八日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告岡地の認否)

1  請求原因1の(一)の事実は認めるが、同(二)は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3は否認ないし争う。

4  同5は争う。

(被告取引所の認否)

1  請求原因1の(一)及び(二)は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同4は否認ないし争う。

4  同5は争う。

三 被告らの主張

(被告岡地の主張)

甲事件の「被告岡地の主張」1、2と同じ。

(被告取引所の主張)

甲事件の「被告取引所の主張」1、2と同じ。

四 被告らの主張に対する原告らの認否

甲事件の「被告らの主張に対する原告らの認否」と同じ。

第三  証拠〈省略〉

理由

(甲事件について)

一請求原因1の(一)の事実は当事者間に争いがない。

同1の(二)のうち、原告ら主張の日に原告ら名義の各取引口座が開設され、同口座において小豆の先物取引が行われたことについては、原告らと被告岡地との間では争いがなく、被告取引所との間では〈書証番号略〉によりこれを認めることができる。

二次に、被告岡地が受託を拒絶するに至った経緯と被告取引所の措置等について検討する。

前記の事実と〈書証番号略〉、証人小泉(後記措信しない部分を除く。)、同子安忠夫、同野村征義、同森川直司の各証言、原告西原及び同今井各本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  原告佐藤は、昭和五六年五月、被告岡地横浜支店(以下「横浜支店」という。)に商品先物取引の口座を開設し、また、同年七月には原告磯辺が、同年九月には原告西原が、それぞれ同様に取引口座を開設した。その後、昭和五七年五月以降、横浜支店おいて、原告佐藤の知人あるいは友人等ということでその他の原告ら(原告今城、同間野、同難波及び同安藤を除く。以下、右四名を除いた原告らを原告佐藤を含め「原告佐藤ら」という。)の口座が次々と開設され、横浜支店の外務員の小泉が右原告佐藤らの取引を担当したが、同人らの建玉注文は主として原告西原がその窓口となって行っていた(右建玉注文の仕方については、原告らと被告岡地との間で争いがない。)。ところで、原告佐藤らは、東京都港区六本木に所在する東亜相互企業ないしその系列会社の役員あるいは従業員等であって、そのうち数名の者は、被告岡地のほかにも、西田三郎商店、山大商事、明治物産、川村商事などに口座を設け、小豆の先物取引を行っており、相場関係者の間では、原告佐藤らを含む東亜相互企業関係者を六本木筋と称していた。

2  小豆相場は、昭和五七年四月に入った頃から、売りが増え、それに対抗して六本木筋による買いが目立つようになり、六本木筋による買占めという噂が立ち始めるようになった。同年五月初め頃、桑名筋として著名な相場師の板崎が、小泉の紹介で、六本木の東亜相互企業の事務所において原告佐藤と会談したが、その頃から、六本木筋と桑名筋が小豆の買いで共同戦線を張るとの噂が立つようになり、現実に、相場もその頃から小豆の全体の取組が多くなり、日に日に乱高下を繰り返して過熱状態になり、取組高も五月の初め頃は三万二〇〇〇枚前後で推移していたものが、次第に膨れて同月末頃には四万枚を超える取組となり、売り・買いが対峙して仕手戦の様相を示し始めるようになった。

原告佐藤らを含む買い方は、五月二六日の納会で一一三五枚全部の現受けをしたが、桑名筋による現受けが大半を占めた。このような当業者でない買い方による現受けは、市場にあるものをほとんど総ざらいするかのような受け方で、その結果、仕手的な逆ざや相場の現象を呈するようになった。

また、当時、買い建玉が取引員数社に偏っていることを指摘する声もあって、被告取引所は、建玉制限違反の有無、正常に委託証拠金が納入されているか否かを調査するため、同月二六日及び二七日に売り買いの主要一三社の取引員に対して立入検査を実施した。右調査結果では特に異常な点は認められなかったが、当業者以外の者が多数でしかも複数の店で品物を受けており、このような状況が続くと将来相場の波乱を招くおそれが強いことから、被告取引所は同月三一日に理事長名で全取引員に対して、委託者管理の徹底、市場管理要綱に基づいた取引の徹底を求める通知をし、また、同年六月一日には、市場管理委員会が開かれて証拠金の臨時増の決定がなされた。

3  しかし、その後も市場の動向は日を追って過熱化し緊迫して来たので、被告取引所は、六月四日に緊急市場管理委員会を開いて委託証拠金の臨時増を決定するとともに、取引員協会を通じて全取引員に対し自粛要請をした。これを受けて、横浜支店の子安支店長は外務員らに対し顧客に自粛を求めるように指示し、さらに、小泉と共に原告西原を訪ね、同原告に被告取引所から自粛要請が出ている経過を説明して協力を求めた。その結果、原告佐藤らは被告岡地において同月九日から二三日まで建玉注文を出すのを控えた。しかし、その間、原告佐藤の関係者は、明治物産において乙事件原告十朱名義で、同月一五日から二一日までの間に合計二〇〇枚を、山大商事において乙事件原告山県名義で、同月一〇日から二一日までの間に合計三一三枚を、同佐藤雄司名義で二日にわたり合計二〇枚を、同佐藤佶名義で同じく合計二〇枚の建玉注文をしていた。

被告取引所は、六月一五日から一八日にかけて再び建玉の多い取引員に対して立入検査を実施した。右被告取引所の調査の結果では、六本木筋の建玉が同一人物から出ているのではないかとの疑いは持ったものの証拠がなく、その他取引員二、三社に若干の証拠金徴収不足を認めたに止まり、建玉制限違反などの事実は認められなかった。

4  六月に入ると、週刊誌などで六本木筋あるいは東亜相互企業による小豆の買占めが報道されるようになり、業界紙の中には、小豆市場も大手亡豆の二の舞となり、崩壞する可能性があるとの指摘をするものもあった。そうしたなかで、同月二二日には、衆議院の農林水産委員会でも小豆の仕手戦のことが取り上げられ、被告取引所も、市場管理委員会を開いて証拠金の臨時増を決定し、各取引員に対し、市場が波乱含みになってきているので、派手な手を振ることがないようにとの自粛要請を行った。そうしたこともあって、六月末頃には、取引員の中には、被告取引所からの自粛要請の趣旨を徹底するため、六本木筋の建玉注文を受託しない者が出てくるようになった。

なお、六月の納会においても、原告佐藤らを含む買い方は一三八〇枚の現受けを行った。

5  七月七日、小泉は、原告西原から買建玉の注文を受け、その際、同原告からあとで口座を作るのでその間知っている名義を貸してくれるよう依頼されたため、自分の担当する原告難波の名義を貸そうと思い、子安支店長に相談したところ、同支店長から他人の承諾もなく名義を貸すことは絶対に許されないと断られた。そこで、原告西原は、同佐藤の友人であるとして小田島洋(原告小田島の仮名)、斎藤一成(原告上杉の仮名)、原告沼田の各名義の口座を新規に開設し、小田島洋名義で一六五枚、斎藤一成名義で一九〇枚、原告沼田名義で二一五枚、合計五七〇枚もの大量の建玉注文を出した。

右大量建玉を知った被告取引所の業務部長武庫幸雄は、立会い終了後、被告岡地の野村東京支店長に電話し、このような大量の新規買いをさせることは被告取引所の自粛要請等に対する挑戦的な態度であり、今後もこのようなことが行われるならば、被告取引所としてもそれ相応の処分を考えざるを得ない旨厳しく叱責した。

また、右七月七日の大量建玉については、翌八日に開かれた国会の物価問題等に関する特別委員会において取り上げられ、同委員会では、六本木筋の小豆の買占めが社会問題となっているなかで、このような大量の建玉は被告岡地の農水行政に対する挑戦であって、商品取引所法九〇条を適用すべきではないか、また、市場全体を買い占め、国民生活に影響を与える仕手筋と結びついている会社については取引員の許可更新を拒否すべきではないかとの指摘がなされた。また、農林水産省としても、臨時増証拠金の引き上げ、建玉制限の強化等の市場管理措置を強化するよう関係商品取引所に対し指導した。そして、被告取引所は、同月八日に理事長権限で期近二限月についての新規建玉につき証拠金の臨時増を決定し、また、同月九日には市場管理委員会を開いて翌一〇日から、新規建玉者の建玉制限枚数を従前の二分の一に制限して、当限一〇枚、二番限二五枚、三番限五〇枚、四番限一〇〇枚、五番限一五〇枚、六番限一五〇枚の合計四〇〇枚とすることを決定した。

ところで、この当時、原告佐藤らの被告岡地での建玉枚数は、主な名義のものだけでも合計三〇〇〇枚を超えており、また、小豆相場の総取組数約四万枚のうち、一万六〇〇〇枚が六本木筋と桑名筋で買われていた。

6  七月一〇日(土曜日)、原告西原は、小泉に原告金子名義で五〇枚の新規買い建玉の注文をし、小泉は注文どおりこれを場に通した。野村東京支店長は、前記のように被告取引所の武庫幸雄から厳しく言われており、外務員には新規建玉を控えるように注意していたのに、小泉が新規建玉を受けたことについて、子安支店長及び小泉に対して厳重注意するとともに、これ以上放置するときは営業免許の更新も危ぶまれることになりかねず、会社として何らかの対策を講じざるをえないと考え、被告岡地の社長と協議のうえ、翌週月曜日から七月限ないし一〇月限の旧殻限月の新規売買の受託を停止することを決め、同日午後、被告岡地の本社から各支店にその旨通知した。

これを受けて横浜支店の子安支店長は、七月一〇日午後、従前から重要事項について行っていたのと同様に、右趣旨を徹底するため「七月及至一〇月限の旧殻限の新規売買は受託停止、一一月及び一二月限の新殻限月はこの限りにあらず」ということを支店内の黒板に書いて本件掲示をした(本件掲示の事実は原告らと被告岡地との間で争いがない。)。

7  小泉は、七月一〇日の段階で、原告西原から月曜日(一二日)に建玉注文をするからその日の朝一番に電話をするように言われていたが、当日(一二日)の朝、横浜支店に出勤したところ、本件掲示がなされており、また、子安支店長からは、小泉が担当する六本木筋の玉は一切受けてはならない旨告げられたため、その旨を電話で原告西原に伝えた(この点は原告らと被告岡地との間で争いがない。)。そこで、原告西原、同今井は、山大商事など数社に連絡をとったが、いずれの取引員も建玉に応じようとしなかった。

8  ところで、桑名筋の資金繰りが困難になっているとの噂は七月初め頃から広がっていたが、同月一〇日には板崎が社団法人商品取引受託債務補償基金協会の役員を訪ね、場勘定が納入できなくなるおそれがある旨の報告をし、場勘定が納入できなくなったときに備えての善後策を相談したとの情報が市場に流れたことなどから、小豆相場は大阪穀物取引所から暴落し始め、同月一二日には東京小豆も暴落し、後場二節からストップ安となった(ストップ安となったことは当事者間に争いがない。)。また、同日、板崎の兄が経営している川村商事が被告取引所の森川を尋ね、一四日に支払うべき場勘が支払えないと言ってきた。

9  同月一三日は、小豆相場は前場からストップ安となった。被告取引所としては、買い方の一角である川村商事が二億七〇〇〇万円の場勘定を納入できず、違約処分として四〇〇〇枚の建玉の処理をしなければならないことになると連日ストップ安になる可能性があり、また、六本木筋が追加証拠金を入れないという話も伝わったため、それらの真偽を確かめたうえで、善後策を協議することになったが、とりあえず、一四日は市場を開いて相場が動くことは好ましくないとの判断の下に、理事長の裁断で立会いを臨時に停止した(立会いを停止したことは当事者間に争いがない。)。同月一四日になって、結局、六本木筋が追加証拠金を納入しないことが確認され、川村商事の違約処理の問題だけでなく、六本木筋の一万二〇〇〇枚の建玉の違約処理の問題も生ずるに至った。そこで、同日、理事長の裁断で翌一五日の全節及び一六日の前場一節から同三節までの立会いを臨時に停止することを決定し、一四日午後、市場管理委員会を開いて協議した結果、強制解合をせざるを得ないとの結論に達し、翌一五日の定例理事会での協議を経て、翌一六日に臨時総会が招集された。臨時総会では、売り方から強制解合反対など様々な意見が出たが、強制解合以外に方法がないということで、期近四限月について強制解合することが決定された。そして、理事長は、解合価各の決定委員として、総会の承認を得て、取引員協会の正・副会長、常設委員会、特別委員会の委員長、雑穀輸入協議会の代表など合計八名を選任した。価格決定委員会においては、解合価格の設定基準等について検討を重ねたが、結局、立会いを停止しなければ更にストップ安になる可能性が強かったことや逆ざや傾向のため前の値段は参考にならないなどの事情から、七月限三万〇八〇〇円、八月限三万一〇〇〇円、九月限三万一一二〇円、一〇月限三万〇三八〇円とする解合価格を決め、一六日の緊急臨時総会で右価格が承認・議決された(強制解合価格については当事者間に争いがない。)。

なお、同様に強制解合となった大阪穀物取引所では、七月限三万〇五〇〇円、八月限三万〇六〇〇円、九月限三万〇七〇〇円、一〇月限二万九九〇〇円、また、名古屋穀物商品取引所では、七月限三万〇七一〇円、八月限三万〇八〇〇円、九月限三万〇八九〇円、一〇月限二万九七九〇円との解合価格が定められ、いずれも被告取引所の解合価格よりも低い価格で解け合った。

ところで、被告取引所は、新穀二限月については、取引所の本来の使命である指標価格を出すことと、ヘッジ機能という重要な役目があること、さらに新穀は従来の期近四限月とは意味合いが異なるということで、強制解合をしないで市場を再開することに決定した(新穀二限月について市場が再開されたことは当事者間に争いがない。)。そして、市場再開後、期先二限月は同月一六日の後場一節からストップ安となったが(この点は当事者間に争いがない。)、被告取引所としては、このことを狙って市場を再開したものではなく、また、その後は落ち着いた相場となった。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人小泉の供述部分、原告西原及び同今井の各供述部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三そこで、次に被告らの責任の存否について判断する。

1  被告岡地の債務不履行について

(一)  商品取引員は、顧客からその売買を受託し、商品取引所へ取り次ぐ業務を行うものであり、一般に反復継続されることが予定されている商品先物取引の性質からすれば、既に取引口座を開設して先物取引を行っている顧客から追加建玉の注文を受けたときは、取引員としては、正当な理由がない限り、これを受託して委託者のために市場において取引をなすべき義務があると解するのが相当である。

そして、前記認定によれば、原告佐藤らは、原告西原を窓口として注文していたものであるところ、原告西原は、昭和五七年七月一二日前場に建玉注文をする予定でいたが、同日の朝、小泉から建玉注文を一切拒絶することになった旨の連絡を受けたというのであり、これによれば、被告岡地は、同原告からの具体的な建玉の注文の意思表示に対してその受託を拒絶したわけではないが、同原告から注文が具体的にされなかったのは、その前に被告岡地が予め受託を拒絶する意思を伝えたことによるのであるから、被告岡地としては、前示のとおり、正当な理由のない限り債務不履行の責を免れないと言うべきである。もっとも、当時、原告佐藤らのうち個別的に誰々について具体的に建玉の注文をしようとしていたのかは証拠上必ずしも定かでないが、この点はさておき、次に被告岡地の右受託拒絶に正当理由があるかどうかについて検討することとする。

なお、原告難波、同安藤も被告岡地の受託拒絶による債務不履行を主張するが、同原告らはもともと原告西原を通じて注文していた者ではなく、被告岡地が同原告らに対して具体的に注文の受託を拒絶する意思表示をした事実は認められないから、被告岡地の債務不履行をいう同原告らの主張は、その前提を欠き失当である。

(二) そこで、被告岡地が右受託を拒絶したことに正当な理由があるか否かについて検討する。

(1) 前記認定した事実及び証人小泉、同子安忠夫、同野村征義の各証言、原告西原及び同今井各本人尋問の結果を総合すると、

①原告佐藤らの建玉は、主として原告西原又は同今井において方針を定め、誰の口座に何月限を何枚建てるかという割り振りを行ったうえ、取引員に対しては、原告西原が窓口になって建玉や手仕舞の注文を出すという形で行われていたこと、

②原告今井は、東亜相互企業のコンピューターを利用し、原告佐藤ら各名義人の口座が建玉制限に違反していないか、証拠金の納入に不足はないかなどについて常に注意を払いながら建玉及び証拠金の管理をしていたが、原告佐藤らの中には全く面識のない者もおり、また、証拠金が不足したときは原告西原にその旨伝えるだけであって、各人に伝えることはなかったこと、

③被告岡地における原告佐藤らの証拠金の取り扱い方については、原告佐藤の依頼により、原告佐藤ら各人の証拠金に不足が生じ、追証拠金の必要が発生したときは、原告佐藤の証拠金に余りがあれば、それを利用して不足証拠金に充当する、いわゆる証拠金のプール計算をしていたこと、

④売買の報告書は被告岡地から各名義人宛に送付されていたが、証拠金の入出金事務、口座開設時の承諾書や証拠金預り証の授受などの事務は専ら小泉と原告西原との間で行われ、直接に各名義人との間で事務処理が行われたことはなかったこと、

⑤また、原告佐藤ら各人の取引に関して、各人がそれぞれ必要な資金をどのように調達し拠出したかは定かでなく、原告佐藤あるいは東亜相互企業が資金面における中心的役割を果たしていたものと窺われること、

⑥後に大量建玉として問題になった昭和五七年七月七日の建玉注文の経緯をみると、建玉注文の段階では未だ具体的、個別的な注文者は決まっておらず、専ら原告西原又は同今井の方で判断して注文を出し、あとで関係者の名義の口座を開設して割り付けるというものであったこと、

が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2)  右認定したような建玉等の方針決定や注文の仕方、建玉や証拠金の管理の仕方、証拠金のプール計算などの諸事情を総合すると、原告佐藤らによる取引は、形式的には各人別の取引口座で、損益も各人に帰属するものとして扱われてはいたものの、その実質は、単なるグループ買いという域を超えて、単一の意思、支配のもとに統一的に展開された取引とみるのが相当であり、このような多数人による取引は、市場管理の面からみれば、実質的には同一人による取引と何ら異なるところはなく、正常な先物市場を維持するために好ましいものではないということができる。

そして、右の点に加え、前記二で認定したような、①原告佐藤らが六本木筋と称され、小豆の買占めを行っているとの報道がされるとともに、そのことが国会でも取り上げられたこと、②被告取引所が再三にわたり自粛要請を行い、証拠金の臨時増、建玉制限の強化といった規制措置をとって適正な取引市場の確保を図ろうとしている状況の下で、被告岡地に対しても適切な対応が強く求められていたこと、③被告取引所の自粛要請の趣旨にそって、六本木筋の建玉注文を受託しない取引員も出てきていたこと、④国会において、被告岡地の取引員許可更新の是非まで指摘される状況にあったことなどの事情を合わせ考えると、被告岡地が、当時の状況の下で原告佐藤らの建玉注文を受託しない措置に出たことは、取引員としてやむを得ないということができ、右措置をとったことには正当な理由があると解するのが相当である。

(3)  したがって、被告岡地が原告西原からの建玉注文の受託を拒絶したことには正当な理由があり、被告岡地には、原告佐藤らに対する債務不履行の責任はないということができる。

(三) 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告ら(原告今城、同間野を除く。)の被告岡地に対する債務不履行を理由とする本件損害賠償請求は理由がない。

2  被告岡地の不法行為について

前示のとおり、被告岡地が受託拒絶の措置をとったことには正当な理由があり、また、本件掲示は右措置を外務員に周知徹底させるために行われたものであって、原告ら主張のように、相場を暴落させて売り方の利益を図り、有力な買い方であった原告らに損害を与えようと企図して本件掲示及び受託拒絶をしたものとは認められない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの被告岡地に対する不法行為を理由とする本件損害賠償請求は理由がない。

3  被告取引所の不法行為について

原告らは、被告取引所は買い方の利益を侵害することを知りながら極めて廉価な解合価格を決定し、また市場の再開を決定したもので違法である旨主張する。

(一) しかしながら、前記二で認定したとおり、被告取引所は、本件解合価格を決定するにあたっては、総会の承認を得て選任された委員による価格決定委員会において当時の市場情勢を総合的に考慮して解合価格を算定したうえ、緊急臨時総会を開いてこれを承認・議決したものであって、右価格決定の経緯及び大阪及び名古屋の各取引所での解合価格との対比などに照らしても、本件解合価格が著しく低廉であるとか不合理であるとかいうことはできず、被告取引所の右決定に原告ら主張のような違法があると認めることはできない。

(二)  また、被告取引所業務規程(原本の存在及び〈書証番号略〉)第四条第一項は「取引所は必要があると認めるときは売買立会いの全部又は一部を臨時に停止することができる」と定めており、立会いの臨時停止の期間及び再開の決定については、その性質上、被告取引所の裁量に委ねられているものと解すべきところ、前記二で認定したとおり、被告取引所が期先二限月について市場を再開したのは、新殻限月について商品取引所としての機能を維持する必要があると判断したことによるものであり、被告取引所の右措置に原告ら主張のような違法があると認めることはできない。

(三)  したがって、原告らの被告取引所に対する右不法行為を理由とする本件損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(乙事件について)

一請求原因1の(一)の事実については、被告岡地との間で争いがなく、被告取引所との間では、〈書証番号略〉によりこれを認めることができる。

二請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

三請求原因3及び4(被告らの不法行為責任)について

被告岡地の本件掲示及び受託拒絶が正当な理由に基づくものであり、それが売り方を利するために相場を暴落させようとして行ったものと認めることができないこと、また、被告取引所の本件強制解合における解合価格の決定及び市場再開の措置に原告ら主張のような違法がないことは、すでに、甲事件において認定、説示したとおりであり、この点に関する原告らの主張はいずれも理由がない。

四したがって、原告らの被告に対する本件請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(結論)

以上のとおりであって、甲事件原告ら及び乙事件原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤久夫 裁判官太田武聖 裁判官川畑正文)

別紙甲事件損害一覧表〈省略〉

別紙乙事件損害一覧表〈省略〉

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